「春は曙」
2020.02.05
春は曙。やうやう白くなり行く。山ぎはすこしあかりて、紫だちたる雲の細くたなびきたる。
(中略)文明が進歩してくるとともに、人間が夜ふかしの朝寝坊になったことは事実だろう。夜が明るくなったのに馴れた私たちは、昔の人ほど、太陽の光を有難がらなくなった。「春はあけぼの」などどいうが、私はもう長い年月、春のあけぼのの情趣など味わったことがない。「春眠、暁を覚えず」の方の種族に属する。「暁起き」という言葉があるが、昔のひとにはそれはごく普通のことだったろう。まだ暗い「あかつき」の時刻が過ぎて、ほのぼのの明けになって「あけぼの」であり、会明という字を当てる。東雲とも言う。それが過ぎて、早朝(つとめて)となる。早朝になると、もう一日の業務は始まっているのである。
山本健吉著「ことばの歳時記」より引用しています。
朝は6時に起きるのが常なので、ちょうど曙のころをいつも眺めて過ごします。
きょうもまたよいお天気になりました。