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切符きりマリィ/レモンエアライン0521便

2014.05.21

この街で一番小さな映画館の、

小さな入り口の、

小さな窓ごしで、

わたしは毎日切符を切っているわ。

 

いろんなお客さまがいるわ。

「映画が期待はずれだった」だの、

「隣の人の香水が不快だった」だの、

「なぜポップコーンを売ってないのか」だの、

(ホットドッグは売っているのに)

いろんなことをおっしゃるわ。

 

そして今日、上役に「お世話になりました」と言うつもり。

ロッカーの中に置きっぱなしの、

寒いとき用のカーディガンや膝掛け、

空腹のときにこっそり食べるクッキーなんかも、

きれいさっぱり片付けなくては。

 

日が暮れて、最後の回の最後の切符を切ると、

パールのネックレスをした白髪のご婦人が、

そっとわたしの手に触れておっしゃったわ。

「あなた映画が好きなんでしょう。

映画館が職場なんて、素敵だわね」

わたしは「はい、映画が好きなので嬉しいです」と答えていた。

 

次の日、仕事が休みだった。

わたしは職場である映画館に行ったわ。

切符きりではなく、観客として。

ラストの音楽が漏れ聞こえていたこの映画、

本当は観たくてしかたなかったこの映画を観にきたわ。

わたしは長い間ためこんでいた涙を、

映画を観ながらすべて流しきったの。

 

真っ暗な映画館を出たら、

世の中はまぶしくて思わず目を細めた。

「明日も映画館で働ける」

わたしは働きだした1日目の「映画が大好きなわたし」に戻っていたわ。

Fin

 

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◎レモンエアラインが本になりました。

コチラのスペシャルサイトもごらんくださいませ。http://lemonairline.com/

シラスアキコ(文筆家)

クリエイティブユニット「color/カラー」(www.color-81.com)の

コピーライター・クリエイティブディレクターとして活動。

「モノ語りのあるモノづくり」を大切に、

企業のブランディングから商品開発、プロダクトデザインの企画、

広告制作、ラジオCMなどを手がける。

60年代の日本映画とフランス映画、赤ワインが好物。

 

*レモンエアラインは、毎週水曜日に出航です。

こころがふうわりと浮遊する軽やかなじかんを、お楽しみください。*

レモンエアライン/ロゴ