児童文学「ルドルフとイッパイアッテナ」
2016.08.14
1987年に講談社から発行された児童文学「ルドルフとイッパイアッテナ」。
その後、毒蝮三太夫さんの語りにより、
NHK“母と子のテレビ絵本”で親しまれていた作品が、
アニメ映画になって公開されています。
作品が生まれたころ、
わたしは大人として社会に入ったばかりでいきがってたので、
これを知らなくて、先入観ゼロで観はじめました。
『絶望は、愚か者の答えだ。』
字の読めるボス猫、イッパイアッテナのことばが耳に残っています。
小さな迷い猫、ルドルフの名前が
ハプスブルク家のルドルフ一世からだと即答した知恵者。
ノラ猫として生きる知恵を身に着けて街や人との関係を築いている様や、
ルドルフの世話を焼く様子がとても温かく描かれていました。
(自分で自分をあきらめない)
…子猫に教えられたような気がします。
著書が届き、なぜか最初に読んでみたくなった“あとがき”が、最高でした。
あとがき 斉藤洋
外から帰ってみると、部屋の中で電話のベルがリンリン鳴っていました。だれが置いたのか、ドアの横につまれたきたならしい紙のたばにつまずきそうになりながら、部屋にかけこむようにして受話器を取ると、「おい、もう読んでくれたか?」と、友だちの声です。「読むってなにを。」「おまえの家のドアの前に置いてきたんだけどな。」あの紙のたばは、友だちが、わたしのるす中に置いていったものだったのです。
「まだなら、あしたまでにちゃんと読んでおいてくれよ。」そういって、友だちは電話をきってしまいました。紙のたばをほどいてみると、新聞のおりこみ広告の裏や、ちぎったノート、それからデパートの包み紙に、大小さまざまな大きさの字で書かれた原稿が出てきました。そうです。それがこの本になったのです。
翌朝、また友だちが電話をかけてきました。友だちの話によると、あれは、ひょんなことから手に入れた、ねこの自伝だというのです。どこか出版社をさがして、本にしてほしいということでした。そんなこと自分ですればいいじゃないかというと、「ばかいうなよ。ねこが書いたなんていったら、頭がおかしいと思われるじゃないか。」という返事が返ってきました。「ぼくだって頭がおかしいと思われるのはいやだけど…」「それなら、自分で書いたことにすりゃいいじゃないか。とにかく、おれはいそがしいんだ。わかったな、たのんだぞ。」それで電話をきられてしまったのです。
わたしはあれこれ考えあぐねて、けっきょく、まだ題名のついていなかった原稿に、『ルドルフとイッパイアッテナ』という題をつけて、きちんと清書してから、講談社児童文学新人賞に応募してみました。もちろんねこが書いたなんていうことはかくしていました。そうしたら、運よく入賞してしまったのです。いつまでかくしてもおけないので、講談社の編集者に、「じつは、あれはねこが書いたものなんですけど…」と白状したら、「そんなこと、かまいませんよ。ちゃんと本にしますから。」といってくれました。
もしかするとわたしがじょうだんをいっているのだと思ったのかもしれません。ねこが書いたなんていったって、おとなは信じるわけないですから。