ソラの
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「ソラとハナ」神無月。

2022.10.10

(太田瑞穂さんに月に一度寄稿していただいています。連載をぜひご高覧ください。)

神無月。

こんな小春日和の穏やかな日はと秋桜という昭和な歌の歌詩にはあるけれど、小春日和というような庭仕事にぴったりな日は最近トンとご無沙汰。この歌で小春日和は秋に使う言葉なのかと覚えたような気がする。今年は秋桜が綺麗でという話をあまり聞かないでしょ。豪雨でずいぶんやられたようで残念。でもふわふわと風に揺れる秋桜を道端でみるとこの歌を思い出し口ずさむ昭和な女なのだ。

秋桜が揺れる少し前、金木犀の花がちらほらと咲き出す。夜道を歩くと「あら、いい香り」とあたりを見渡しても見つからない。甘く切ないような独特の香り。古い住宅地の私の住む町は、そりゃもうあちらこちらの庭から金木犀の香り。我が家とお隣の家の間にも金木犀があり、窓を開けると風に乗ってやってきて、部屋中を、いや家じゅうに香りが広がり幸せになる。ありがとうお隣さん。

この甘い香りが金木犀の香りだと私が知ったのは、実家にあった小瓶にキンモクセイと書いてあったからだったりする。その小瓶は母親の鏡台の引き出しに入っていた。こっそりと引き出しを開けて化粧品を眺めてはドキドキしたりうらやましく思ったりしていた頃。金色の蓋の薄べったい四角いシンプルな香水と書かれた小瓶は、早く大人になりたい病の私にはおしゃれな魔法の小瓶だった。開けてみたい衝動。いや駄目だという気持ち。そのせめぎあいはすぐに開けてみたい衝動に軍配が上がり、クルクルと蓋を開けると何とも言えない甘い香りが鼻をくすぐり、その瞬間、蓋を閉めなきゃ!窓を開けなきゃ!と、いや駄目だの気持ちがよみがえった。でもその後も忘れられなく、たまに引き出しを開けては蓋をクルクルっとし、いい香りとクンクンし、窓を開けることになった。キンモクセイとその瓶に書いてあるのを知ったのは何度目かの時だったように思う。

上京して花屋で働き秋のある日、あの香りにハッとした。一緒にいた花屋のお父さんが「金木犀が咲いたな」とつぶやいた時、キンモクセイ?あの香りの花?どれどれ????と花屋の隣の庭に見に行ってしまった私。これが金木犀。あのキンモクセイ。蓋をクルクルの小瓶の香りの正体。

金木犀が香るころになると小瓶を思い出す。あの小瓶はその後どうなったんだろうな。どこの香水だったんだろうな。でもまだ私は母に聞けないのである。小瓶の蓋クルクルはお母さんにも秘密だから。たぶん、気づいていたと思うけどね。でも秘密だから。

金木犀のオレンジ色の小花が散り始めると秋バラが咲き始める。小春日和の穏やかな日があったら、秋のバラ園に遊びに行くのも良いかもしれないなあ。秋のバラは色がこっくりとしていて香りもいい。私はその前に猫の額ほどに庭で冬支度の庭仕事をしなくてはならないなあ。うちのバラも楽しみ。