2015.01.03 Saturday
東出直樹著「飛びはねる思考」を、読みました。
実家で父母が読みかけていたのをみて、
なんの予備知識もなく読みはじめました。
数時間で読み終わり、
今までの自分が恥ずかしくなりました。
著者は、1992年に生まれ
会話のできない重度の自閉症者でありながら、
文字盤を指差しながら言葉を発していく
文字盤ポインティングやパソコンを利用して、
コミュニケーションが出来ているそう。
それには、こんな言葉があります。
・・・・・
自閉症の僕はいつも、
視線に踊らされています。
人に見られることが恐怖なのです。
人は、刺すような視線で僕を見るからです。
(中略)
声は、呼吸するように僕の口から出てしまうのです。
自分の居場所がどこにあるかわからないのと同じで、
どうすればいいのかを自分で決められません。
僕は、まるで壊れたロボットの中にいて、
操縦に困っている人のようなのです。
・・・・・
意識してというつもりは無くても、
その視線は刺すように攻撃的で。
操縦に困っているのは、
まるでこちらの方だと云うような空気が漂っていたかもしれない。
そんな気持ちに覆われて、
今までの自分が恥ずかしくなりました。
(ほんの小さな気づきです。
それでも、気がつくことが出来てよかったな。)
2015.01.02 Friday
年に一度の帰省は、
デジャブをみるかのようなシーンが幾つも。
そこに集うひとに刻まれている皺の数や
体つきが変化といえば変化ではありますが、
10年経とうが20年経とうが、同じ事で大笑いしています。
病いで亡くなるひともあれば、
新しい命が誕生したり。
親戚一同が集まるこの1日が、
年に一度の帰省の証しみたいになっています。
そこには、時間がどれだけ経とうと
変わらないものがあるのかもしれません。
時間は、暮らしに欠かせないもの。
ときに忘れる日があるのもいいなと思いました。
今朝は、うっすら積もりました。
2015.01.01 Thursday
年に一度の、
昨日と今日のはざまが好きです。
ほかの月では感じることのない感じや
区切りをこれほどまでに意識しないだろうという
ちょっとした緊張感。
きちんとしなきゃって、むやみに思う感じ等。
新しい年のはじまりは、
旧い年の終わりと隣り合わせになっていて
おもえば、
小さな終わりとはじまりは
いつでもどんな時でもワンセット。
いつも何かに区切りをつけていくのが、
人生なのかもしれません。
さあ、寝るのを終わらせて、
起きるよ。
おはよう、2015年。
写真はネットより。